アドベンチャーワールドが凄かった話

先日、和歌山にあるアドベンチャーワールドに行った。パンダをみに行くという話しか聞いてなかったので普通の動物園だと思って行ったら想像よりだいぶスケールが大きくて、クオリティも高くて、充実していた。行った後に調べてみたら、アドベンチャーワールドは動物園、水族館、遊園地が一体になった"テーマパーク"らしい。言われてみれば確かに動物園であり、水族館であり、遊園地だった。どの要素もしっかりしてるのでどれが一番かと言われても分からない。とにかく凄かった。

紐で止まり木に繋がれている鳥が可哀想だと思った。かごの中で羽をバタバタして飛ぼうとしてるのに、短い紐で止まり木に繋がれてるから飛べないみたいだった。私はそれを見て可哀想だと感じたし、かごから出して自由に飛ばせてあげたいと思った。
私は動物の愛護とかについてよく知らないし特に考えもないから、動物園で動物を飼育するのを止めるべきだとかいうことは今まで考えもしなかった。
かごとは言っても家庭で鳥を飼う時に使うようなものに比べたらよっぽど大きかったし、紐だって鳥の身の安全を考慮して付けてるのかもしれない。私が見ていないタイミングで自由にどこかを飛び回れる時間があるのかもしれない。それでもやっぱり、可哀想だと思ってしまった。自分が鳥を飼っていたことがあるからかな。

当たり前な話だが鳥は保険が適用されないので、飼っていた鳥が病気になった時は高い治療費がかかったし手間もかかった。色々な治療を受けた挙げ句、最期は手術後にすぐに死んでしまった。飼い主は獣医に治療費を払い、獣医は飼い主から治療費を受け取り、最善を尽くした(はず)。可愛がってたから、死んでしまった時は本当に悲しかった。
でも、全部人間のエゴなんだとも思う。飼われてる動物からしてみれば、人間に勝手に飼われて、養われて、治療を受けさせられて、死んでいく。どれだけペットのためを想ってるつもりでも、それは人間本位でしかない。
だからと言って、飼わずに放しておくというわけにもいかない。人間が人間中心の暮らしを確立した場所で、生き物達に自立を求めるのは現実的に考えて無理な話だ。となると結局のところ、動物を養い、安全な環境で出来る限りの幸せを提供することが人間の責任なのか。
そう考えると、動物にとっての幸せとは何なのかっていう難しいけどありきたりな問題が出てくる。嫌がってるのに治療を受けさせたり、見た目を可愛くすることが幸せにつながるのか。
人間の子供であれば、嫌々やらされたことでも、大人になってからその意味を理解することもあるけど、ペットの動物の場合はそうはいかない。人間が考える最善がペットにとっての最善だとは限らないが、そんなことは確かめられないから、結局は人間のエゴで何もかも決まる。こうしてあれこれ考えるのも全部人間のエゴだ。

考えれば考えるほどアドベンチャーワールドの話から脱線していく。
そういえば、個人的に衝撃だったのはエンペラーペンギン。あまりの大きさと威厳に、私の中にあった「ペンギン=可愛い」という方程式が崩れた。
イルカショーのクオリティーは今までに観た中で一番高かったし、パンダもたくさんいて、和歌山にこんな凄い場所があるのか、と驚いた。
この時期は鳥インフルエンザの影響で展示されていない鳥が多かった。フクロウやワシは普通にいた。
ちなみに私が飼っていたのはセキセイインコです。以上です。